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手塚治虫『火の鳥 鳳凰編』

私は社会科の教員として歴史を生徒に教えています。生徒たちに歴史を教える土台として,漫画で学んだことが大変役に立っています。

そこで、これまで私が読んできた漫画の中で、歴史学習につながったな、たくさんの方に読んで欲しいな、というものを紹介していきます。

今回紹介するのは、手塚治虫『火の鳥 鳳凰編』です。『火の鳥』シリーズは改めて紹介するまでもない、日本漫画の金字塔を打ち立てた作品ですが、今回は「歴史学習」という視点で紹介します。

〇作品に登場する主な歴史上の人物・歴史上の出来事

以下に本作に登場する歴史上の人物と関連する歴史上の出来事を紹介します。『火の鳥 鳳凰編』のストーリー内では、実際の歴史上の人物や出来事をもとにアレンジされています。どこがどう異なるか調べてみるのも、歴史の勉強になると思います。参考にしてみてください。

・聖武天皇(しょうむてんのう)

…奈良時代の天皇。妻の光明皇后(こうみょうこうごう)(本作では未出)とともに、仏教を政治に取り入れました。仏教を日本全国に広める場として、全国に国分寺(こくぶんじ)、国分尼寺(こくぶんにじ)を、都のあった平城京(現在の奈良)に東大寺と大仏をつくりました。彼らが実践した、仏教を政治に取り入れて、国家の平和を祈る政策、もしくはそのような思想を「鎮護国家」(ちんごこっか)といいます。

・良弁(「ろうべん」、もしくは「りょうべん」)

…聖武天皇のもとに仕えた仏教の僧。東大寺の壮健に尽力し、東大寺の初代別当となりました。

・橘諸兄(たちばなのもろえ)

…聖武天皇のもとで政権の中心として活躍。直前まで政治の実権を握っていた藤原四氏と呼ばれる藤原武智麻呂(ふじわらのむちまろ)・藤原房前(ふじわらのふささき)・藤原宇合(ふじわらのうまかい)・藤原麻呂(ふじわらのまろ)たちの4名が、相次いで天然痘などの病気で亡くなったことにより政権の中心を担うこととなりました。

・吉備真備(きびのまきび)

…716年に第9次遣唐使として唐に派遣され、帰国後に橘諸兄政権で留学経験を買われ活躍しました。彼の名にある「吉備」(きび)は現在の岡山県に該当する、古代における行政区分の「吉備国」(きびのくに)のことです。吉備真備は現在の岡山県倉敷市の生まれだったのです。

※実際の歴史では、橘諸兄政権のもとで吉備真備は重用されますが、本作『火の鳥 鳳凰編』では橘諸兄と吉備真備は互いに政敵の関係として描かれています。

・藤原広嗣(ふじわらのひろつぐ)

…作中では名前のみ登場。藤原四氏が相次いで亡くなった後、橘諸兄政権で遣唐使帰りの吉備真備らが重用されたことにより、政権内での藤原氏の勢力が後退。藤原四氏の宇合の長男である広嗣は、現在の福岡県にある大宰府(だざいふ)に赴任すると、数年後に反乱を起こしました。

・藤原仲麻呂(ふじわらのなかまろ)

…橘諸兄の政敵。橘諸兄が失脚した後に政権の中心人物となりました。本作では対立している様子のみ描かれています。実際の歴史では、藤原仲麻呂が台頭した後、橘諸兄の子である橘奈良麻呂(たちばなのならまろ)が反乱を起こしました。(橘奈良麻呂の乱)

奈良時代は藤原氏とそれ以外の氏族が、政権の中枢をめぐって対立していたことが見て取れますね。

〇『火の鳥 鳳凰編』あらすじ

・主人公 盗賊 我王

本作は奈良時代、8世紀の日本が舞台です。

生まれてすぐ、事故で父と右腕を失い、顔に大きなあざを負ってしまった我王(がおう)という人物が主人公です。

我王の母は事故のショックで錯乱してしまい、我王は自分の村の住人から施しを得ることで食いつないでいました。

そんな我王は村内で蔑まれており、ある日村人からもらった施しの食べ物に汚物が投げつけられます。

それに腹を立てた我王は村人を襲撃し、殺人をもいとわない、盗賊となってしまうのです。

自暴自棄となった我王でしたが、都の高僧・良弁上人(ろうべんしょうにん)と出会い、諸国を巡りながら様々な光景を目にし、成長します。

病や死に苦しむ人々、平城京に年貢を運ぶ旅の途中で餓死する人々…。

即身仏(ミイラ)になることを選んだ良弁上人との別れ…。

様々な光景、経験、自分のこれまでの人生を報われなさ、たくさんの感情の渦から煮えたぎるような創作力を発揮させ、自分の中に眠っていた彫刻家としての才能を開花させていくのです。

・もう一人の主人公 仏師 茜丸

本作のもう一人の主人公が茜丸(あかねまる)という仏師です。ある日、我王から襲撃され、利き腕の右腕に障害を負ってしまいます。

そんな茜丸でしたが、リハビリに努めなんとか右腕が動かなくても仏像を彫る術を会得。

名声を高めていきます。

そんなある日、橘諸兄から「鳳凰」(ほうおう)の彫刻を3年間でつくるように命令されます。

これまでに見たこともない動物を彫刻するという無理難題に苦しむ茜丸でしたが、ブチという女性との出会いや、橘諸兄の政敵である吉備真備による支援により、鳳凰(火の鳥)を夢の中に見出すことで彫刻を完成させます。

実績を重ねた茜丸は、吉備真備のもと、奈良・東大寺の大仏建立のプロデューサーにまで出世していきます。

・我王 VS 茜丸
大仏づくりにおけるアクシデントが重なり、吉備真備は失脚します。

茜丸も大仏づくりプロデューサーを降ろされることも覚悟しますが、今度は橘諸兄がパトロンとなることにより事なきを得ます。

その後、大仏が無事完成すると、橘諸兄は大仏殿の鬼瓦の製作を二人の人物に打診します。

一人目は、彫刻家としての才能を開花させ都にまで名が轟いていた我王。

二人目は、大仏を無事完成させ、実績十分の茜丸。

宿命の二人が、鬼瓦をつくるライバルとして運命の再会を果たすのでした。


〇印象に残ったセリフ

・良弁上人が即身仏になるための穴の中で、我王に語るシーン

いま都では盧舎那仏(るしゃなぶつ)がつくられておるだろう 

たぶん大がかりでみばえのする仏像だろうがそれはみかけだけのものだ

それが完成すればきっと政府は開眼式をやるじゃろう

おまえは知らぬだろうが王は釈迦如来 家来は仏たち そして政治は“仏の教え”だと 

そういう体制になるのだそうだ

その威力を示すために大仏をつくることになったのだ

これはもう仏教ではない!

こんなまちがったことが仏の教えといわれるのなら 

わしはもう手におえん

→どの時代にも、宗教を自分のために利用する人たちがいたのです。

政治を担う為政者にとっては、国家において人々をまとめたり、異なる民族の生活習慣や価値観を統一したりしていく上で、宗教は利用されてきました。

また、その宗教を広める立場を人たちの中には、その宗教を広めるために為政者を利用したり、そうやって広まった後には自分の社会的立場が向上することを目論んだ者もいたりしたことでしょう。

今回の作品では、仏教を政治に取り入れた聖武天皇が上記の人物に当てはまりますし、仏教により自分の社会的地位を向上させようとした人物としては、橘諸兄、吉備真備、茜丸、良弁上人が当てはまると思います。

しかし、良弁上人は一人の僧として、国や自分が為そうとしていることのおかしさに気付き、

純粋な仏教の教えを度外視し、宗教が政治や立身出世に利用されてしまうことへの憤りを示しているのです。

・茜丸と亡くなったはずのブチの怨霊?とのやりとり

茜丸

「おれは後世に残るりっぱな芸術品を残したい!大和の茜丸の名を永久に残したいんだ

大仏はその記念碑だ!」

ブチ

「大仏が芸術だっての?フフン!にいさんはあっちこっちで人間がカラカラに干上がっているの知らないんだろ。こんなもんつくったって日照りは終わりゃしないんだよ!」

→奈良の大仏がつくられた時代は、全国各地で疫病の蔓延や日照りが発生、ききんなどで多くの人たちが亡くなった時代でした。

このような混乱の時代だったからこそ、聖武天皇らは仏教の力で国を守ろうとしたわけです。

しかし、当時の名もない人たちの中には、今回のブチのようなことを考えた人たちもいたのかもしれません。

歴史学は残された記録を紡ぎ合わせ、その実像に迫っていく学問です。その一方で、記録に残されない人たちの思いは忘却の彼方へ消え去っていきます。

漫画で描かれる出来事はもちろん、それをそのまま事実とするわけにはいきませんが、手塚治虫氏の作品を読むことで、一つの歴史上の出来事について「こういう見方もできるかもしれないし、こう考えた人たちもいたのかもしれない」という気付きを得ることができるのです。

〇最後に

今回紹介した『火の鳥 鳳凰編』は、「火の鳥」シリーズの中で、手塚氏が描きたいテーマがバランスよくまとまっている傑作だと評価されることが多いようです。

手塚氏が「火の鳥」を通じて向き合ってきた、「人間とは何か」というメッセージ。

実際の歴史上の出来事についても学びながら、是非向き合っていただきたいと思います。

最後までお読みくださり、ありがとうございました!