注目キーワード
  1. 教育
  2. 音楽
  3. お金
  4. ゲーム

たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記』,「一所懸命」の心意気

私は社会科の教員として歴史を生徒に教えています。生徒たちに歴史を教える土台として,漫画で学んだことが大変役に立っています。

そこで、これまで私が読んできた漫画の中で、歴史学習につながったな、たくさんの方に読んで欲しいな、というものを紹介していきます。

今回紹介するのは、たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記』です。この漫画は,鎌倉時代の「蒙古襲来」もしくは「元寇」と呼ばれる出来事を描いた漫画です。


作品に登場する主な歴史上の人物・歴史上の出来事

以下に本作に登場する歴史上の人物と関連する歴史上の出来事を紹介します。

〇関係する歴史上の人物

・北条時宗(ほうじょうときむね)

…鎌倉幕府8代目の執権です。

執権とは鎌倉幕府における将軍の政治の補佐役です。

鎌倉幕府3代目将軍の源実朝(みなもとのさねとも)の時につくらました。

源実朝が亡くなり源氏の将軍が途絶えると,幕府は摂政・関白に任じられた藤原氏や皇族を将軍に迎えるようになるのですが,その頃には執権が実質的に幕府の政治を取り仕切る体制となりました。

この8代目の執権,北条時宗の時代には,フビライ=ハンが率いるモンゴル帝国が日本の九州に攻め込んできたのです。(「蒙古襲来」もしくは「元寇」)


・フビライ=ハン

…日本が鎌倉時代だった時期,遊牧民のグループのリーダーだったチンギス=ハンが,いくつかのグループを統合し,遊牧民の国家をつくり,戦争・統合を繰り返して東ヨーロッパまで領土を拡大しました。

この国家をモンゴル帝国といいます。

モンゴル帝国はその後いくつかに分裂し,モンゴル民族が統治しておりながら,中国の王朝の体裁を持つ国家もありました。

この国家を「元」(げん)といいます。

この元の皇帝となったのが,チンギス=ハンの孫であるフビライ=ハンでした。

フビライ=ハン率いる元は南宋という中国の王朝を滅ぼして成立しました。

元は周辺の国々に服属を要求し,自国の影響力を高めていきました。

元の隣国であった高麗(こうらい。当時の朝鮮半島にあった王朝)は,再三にわたる元との戦いに敗れ,元に服属することを受け入れました。

以上のように,北条時宗が執権だった時代は,日本の隣国において大きな国際秩序の変化があった時代だったのです。


〇「蒙古襲来」,「元寇」とは?

鎌倉幕府の8代目執権,北条時宗の時代,1268年から1274年にかけて、元の皇帝,フビライ=ハンが日本に対して服属を求める使者が何度も送りました。

しかし,時宗はこれを拒絶します。

すると,1274年と1281年の2度にわたってモンゴル帝国と高麗の連合軍が九州の博多に攻めこんできました。

この出来事を「蒙古襲来」もしくは「元寇」といい,1274年の戦いを「文永の役」(ぶんえいのえき),1281年の戦いを「弘安の役」(こうあんのえき)といいます。

文永の役では,博多に集った鎌倉幕府の御家人たちから激しい抵抗にあい,体勢を立て直すためにモンゴル・高麗連合軍が夜間に撤退する際に,暴風雨にあったといいます。

また,弘安の役では日本側が防塁などの造営による守りの強化,再度の御家人たちの奮戦により戦が長期化します。モンゴル・高麗連合軍は戦闘をしない時は博多湾の海上の船で待機します。その期間はなんと2か月ほど。その時期にまた暴風雨が発生し,モンゴル・高麗連合軍はまた撤退していったのです。

このように,鎌倉幕府方の御家人たちの奮戦や2度にわたる暴風雨により,この「蒙古襲来」もしくは「元寇」をしのぐことに成功したのです。


〇「蒙古襲来」,「元寇」の影響

この2度にわたる蒙古襲来,元寇をしのいだことは,後の日本社会に多大な影響を与えました。

・北条氏への権力の集中

1つ目は,鎌倉幕府における執権を務める北条一族への更なる権力の集中です。

蒙古襲来,元寇は侵略の危機にあった日本の危機を,8代目執権である北条時宗のリーダーシップとそれに従った鎌倉幕府に仕える御家人たちの活躍によって乗り切った出来事でした。

この未曽有の出来事を見事乗り切った,執権を務める北条氏の一族は更にリスペクトされるようになり,より力をつけていきました。

・御家人たちが鎌倉幕府に不満を持つように

しかし,防衛戦争だった蒙古襲来,元寇では新たな領地を得ることが出来たわけではなかったことが,鎌倉幕府と御家人の関係に暗雲をもたらしました。

これは,新たな領地を得ることが出来たわけではなかったため,戦で活躍した御家人たちに十分な恩賞を与えられなかったのではないか,ということです。

鎌倉幕府の主従関係は「御恩」と「奉公」です。

鎌倉幕府の将軍や執権などの「御恩」に対し,御家人たちは戦で活躍することで「奉公」する。

当初は侵略の危機を脱したことに熱狂を覚えた御家人たちも,「奉公」はすれどそれに対する十分な「御恩」が与えられなかったとなれば話は別です。

御家人たちは北条時宗の博多防衛の「奉公」を果たすために,場合によっては多大な借金を負ってまではせ参じていたのです。

幕府は永仁の徳政令という「借金帳消し命令」を出しますが,今度は商人たちが御家人たちにお金を貸すのを渋るようになっていきます。

貸したお金が返ってこなかったら,「もう貸したくない」と思うのは自然なことですよね。

こうなると,蒙古襲来,元寇で多大な負担のあった御家人たちは生活費を得るための借金をしづらくなっていきます。

このように,様々な経緯から,御家人たちの心は次第に鎌倉幕府から離れ,不満を覚えていくのです。


※近年の教科書で強調されるようになった「分割相続」について

上記の内容は,鎌倉時代の終末に向かうストーリーとして長らく語られてきた説です。近年これに追加して,「そもそもの鎌倉時代の武士の慣習が,将来的な御家人の困窮化を内包していたのでは?」という説明がなされるようになってきています。

これが,「分割相続」についての言及です。

「分割相続」とは?

…鎌倉時代には土地を開墾する技術の発展から,多くの農地が生み出されました。広大な農地を分割して子たちに相続させることで,相続による一族内の争いを未然に防ぐことにもつながったのではないかといわれています。

しかし,この分割相続を何世代か繰り返すと,一人一人が相続できる土地の面積はどんどん縮小していくことになります。

つまり,蒙古襲来,元寇の後の「御恩」の不履行だけでなく,この分割相続という仕組みが,そもそも御家人が将来的に窮乏していくことを運命づけていたのではないか?ということです。


・日本=「神国」という自意識,神国思想へ

蒙古襲来,元寇が日本社会に与えた影響の2つ目は,日本=「神国」という認識が生まれてきた,ということです。

今回の蒙古襲来,元寇では,モンゴル・高麗の連合軍が攻めてきましたが,2度にわたる「暴風雨」が影響し,防衛の成功につながりました。

この成功経験が,長い年月をかけて,「日本は神に守られているすぐれた国である。その日本が危機にあるときは神が助けてくれる。一方で,そうでない朝鮮半島などの国々は日本に劣る国である。」このような自意識が生み出されることにつながっていきました。

この思想を「神国思想」といいます。

この「神国思想」は,後に豊臣秀吉が明や朝鮮半島に攻め込んだときにも見え隠れしますし,アジア・太平洋戦争の時期における,日本を盟主とする「大東亜共栄圏」構想や,いわゆる「神風特攻隊」の成立などにも影響を与えます。

上記のように,蒙古襲来,元寇は,その後の鎌倉幕府の命運や,日本の歴史に多大な影響を与えた出来事といえるのです。


〇たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記』

さて,前段がとても長くなってしまいましたが,いよいよ漫画の紹介です。

今回の作品の主人公は、朽井迅三郎という元・御家人です。

もともとは鎌倉に住んで御家人を務めていましたが,親類縁者の権力争いに巻き込まれ,罪人として対馬(つしま)に船で送られます。この船には朽井以外にも様々な罪人が同乗。

ところが,船が対馬に到着すると,まもなく対馬は「蒙古」(もうこ。モンゴル人のこと)の襲撃を受け,蒙古の襲撃から対馬を死守することが罪人たちの罪の償いであると設定されていたことを知るのです。

なりゆきで命がけの戦いに参戦することになるのですが,この主人公の朽井は,「義経流」(ぎけいりゅう)という,源義経(みなもとのよしつね)を源流とする兵法の使い手で,対馬の人たちや罪人たちの心を駆り立てながら,対馬を守りきるために「一所懸命」に戦っていく…。

このようなお話です。

今回の記事で紹介した,文永の役,弘安の役といった,九州の博多を守るための戦いの前に,対馬を死守するための戦いがあったということが驚きでした。

己の不勉強を痛感します。

この対馬の戦いは,現存している史料があまり多くないようです。

しかし,多くないことを逆手に取り,作者のたかぎさんは大変な創意工夫をされています。

主人公の朽井の存在はフィクションなのですが,彼のたたずまいから,「鎌倉時代の武士とは,こういう存在だったのか」というイメージが膨らみます。

朽井は目的を達成するためには手段を問わない現実主義の人物です。

こう書くと冷酷なイメージが先行しますが,言い換えれば,「自分がやり遂げると決めたことを何とか実現するために,常にベストを尽くそうとする人物」このようにも言えます。


〇印象に残ったセリフ

印象に残っている彼のセリフがいくつかあります。

「奪われたものはなくした訳ではなかろう?心の中にあるのなら懸命に守り抜け。そうすればいつかもどってくる」(第6話。第2巻収録。鎌倉に残してきた娘との会話)

「おい大将。意味を見出せぬまま戦を続けるな。もし迷いがあるなら,すぐにここを捨て民の後に追ってやるなり,一人で落ち延びるなり,好きにしろ。大将なら,いや…。武士(もののふ)ならその戦いは己のものだ。己自身で決めろ。」(第12話。第3巻収録。一瞬弱気になった対馬方の若大将との会話)

「俺は別にこの島が好きと言う訳でもない。だが,良い島だ。おまえらがいる。戦のための戦じゃない。戦以外のための戦もある。俺はそれをこの島で知ったらしい。守り切るぞ!!一所懸命だ!!」(第32話。第8巻収録。)

朽井「弔い合戦など必要ない。皆の死は俺の中に生きている。彼らと同じく俺は己の戦をする」(最終話。第10巻収録)

朽井は,対馬の人たちの暮らしぶりや,犠牲になった人たちの人柄,思いに触れ,対馬を守ることを,自分の意思で決めていきます。

朽井のセリフからは、情熱を持って物事に取り組むことや,物事の意義を自分自身で見出すことの大切さに気付かされます。


〇最後に

この漫画は対馬での戦いを描いていますが,九州の博多での戦いを描いた続編もあるようです。

是非読みたい!!

読んだらまた紹介したいと思います。

最後までお読みくださり,ありがとうございました!