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「ドラえもん」から見る日本社会

中川佑介『読解!「ドラえもん」講座』(文庫ぎんが堂)

教育×読書×漫画×アニメ

ドラえもんは、もはや説明不要の長寿アニメですよね。

東京の郊外のまちに住む小学5年生の野比のび太が、未来から来たドラえもんの秘密道具を活用しながら、日常生活の問題を解決しようとしたり、そのはずが大きなトラブルになったりする様子をコミカルに、時に感動的に描いた漫画、アニメのシリーズです。

かく言う私も、ドラえもんシリーズに触れることで、過去・現在・未来という時間の概念や、のび太の日常生活における失敗談から、様々な教訓をえることができました。

さて、今回はこの「ドラえもん」を通して日本社会を読み解くという面白い試み、中川佑介『読解!「ドラえもん」講座』(文庫ぎんが堂)を読み、印象に残ったことを紹介します。

印象に残ったこと 覚え書き

◎ドラえもん女性学

◦「しずかちゃん」について

漫画では「しずちゃん」、アニメでは「しずかちゃん」。アニメの声優さんが「しずちゃん」だと発音しづらいということで「しずかちゃん」に。

・しずかちゃんの本名は「源静香」(みなもとしずか)。これは歴史上の人物である「静御前」(しずかごぜん)が名前の由来と言われている。

この人物は源平の合戦で活躍し、壇ノ浦の戦いにて平氏を滅亡に追い込んだ源義経(みなもとのよしつね)の妻。「しずかちゃん」は将来「のび太」と結婚するので、のび太=源義経、しずかちゃん=静御前の図式が成り立つ。ということは、ドラえもん=弁慶?

映画版ではドラえもんのサポートのもと、のび太が大活躍するため、まんざらではない図式となる。

・しずかちゃん(特にアニメ版)は、女の子は男の子に守られ、男の子をフォローするべきだという「男のロマン」の象徴として描かれる。入浴シーンなどは「児童ポルノ」の文脈で問題視される。このような存在として、女性に対する差別・不平等の解消を主張する考え方であるフェミニズム的文脈でとらえると、「しずかちゃん」は批判の対象となる、

・一方で、映画「のび太と鉄人兵団」では、のび太やドラえもん、ジャイアンやスネ夫などの男性では出せない柔軟な発想から大きな役割を果たし、物語を大団円に導く活躍を見せることもある。(久しぶりにこの作品を見たくなった)

◦「ママ」について

・ドラえもんシリーズに登場する「ママ」たちは、子どもたちに何か問題行動があった際に優しさよりも厳しさをもって接する「悪役」、「鬼」のような存在として描かれることが多い。これはのび太の母、しずかちゃんの母をはじめとし、ジャイアンの母が特に当てはまる。

・ドラえもんでは、世間が母親に求める「優しい母」としての「母性」が描かれることが少ないことから、フェミニズム的文脈ではある種の「男性や社会が勝手に描く理想的な母親像」から脱却することに成功していると言える。

・以上のように捉えることもできるが、結局ドラえもんシリーズに登場する母はみな「専業主婦」であり、いわゆる「社会進出」を果たしていない面では、やはり古い女性像を描いていると言わざるを得ない。(これは古い作品だから当たり前と言えばそう)

◎ドラえもん政治学

・現実社会における「アメリカ」と「日本」と「日本以外のアジア諸国」の関係性は、ドラえもんにおける「ジャイアン」と「スネ夫」と「のび太」の関係と似ている。アメリカ=ジャイアン。日本=スネ夫。日本以外のアジア諸国=のび太。(なるほどと思う)

・スネ夫は経済的優位性と、ジャイアンという強い者と手を結ぶことによって自分の身の安全を確保している。現実社会の日米安全保障条約のようなもの。一方、自分よりも弱い立場にあるのび太には優越感を感じたり、蔑んだりしている。(この部分を読んでいて、自分の中にあるスネ夫的な側面に少し気付く)

・日本政治においても、「ジャイアン的なもの」と「スネ夫的なもの」がある。独善的な政策を実施する政治家が「ジャイアン的」政治家。育ちが裕福な世襲議員らなどが「スネ夫的」政治家。政治には「カネ」の問題がつきもの。

◎ドラえもん教育学

・のび太は学校というものがあることにより「落ちこぼれ」の烙印を押される。

・「落ちこぼれ」だからいじめられ、周囲はのび太を笑いものにする。

・「落ちこぼれならいじめられても仕方ない」といういわゆる「いじめは被害者の側にも原因がある」的な文脈を増幅させる役割を、「ドラえもん」は果たしてしまったのではないか。

・学校というものがあることにより、「スクールカースト」が生まれ、「上」の立場の人たちと「下」の立場の人たちが生み出される。それを可視化してしまったのが「ドラえもん」だったのではないか…。

・「のび太のくせに」という言葉の持つ重み

本書を読んで考えたこと

以上、中川佑介『読解!「ドラえもん」講座』(文庫ぎんが堂)を読んで印象に残ったところを紹介しました。

この本読み、自分が昔から慣れ親しんだ漫画やアニメーションの中に、現代社会が持つ問題、課題を把握するヒントが描かれていることを知ることができました。

社会科を教育現場で指導する教員として、ドラえもんの世界観の中にジェンダー的な物事の捉え方や、現実社会の国家間・政治の捉え方が隠されているという指摘は、とても勉強になりました。

また、「学校という存在がいじめを生み出す装置」になってしまうという指摘は、はっとさせられました。

ドラえもんという作品で描かれるのび太は、日常生活における多くの失敗経験があり、「自己肯定感」がとても低い少年です。

作中においては「ドラえもん」との出会いにより、秘密道具を駆使して自分の眼前の問題を解決しようと試行錯誤し、時にはやはり失敗しながら、多くの教訓を視聴者に伝えてくれます。

そんな「のび太」ですが、もしドラえもんとの出会いがなかったら、果たして彼は自分の自己肯定感が低下すると目に見えている場所である、学校に通うことを選ぶのでしょうか?

現実の学校にも、「のび太」のような、学校へ通学することに抵抗を感じる児童・生徒がいます。

であるならば、学校は今後、より多くの児童・生徒が自己肯定感を育むことのできる場所になっていく必要があると、強く感じました。

最後までお読みくださり、ありがとうございました!