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手塚治虫『火の鳥 ヤマト編』(1968~1969年)

歴史を学ぶ素材としての漫画

私は社会科の教員として歴史を生徒に教えています。生徒たちに歴史を教える土台として,漫画で学んだことが大変役に立っています。

そこで、これまで私が読んできた漫画の中で、歴史学習につながったな、たくさんの方に読んで欲しいな、というものを紹介していきます。

今回紹介するのは、手塚治虫『火の鳥 ヤマト編』です。『火の鳥』シリーズは改めて紹介するまでもない、日本漫画の金字塔を打ち立てた作品ですが、今回は「歴史学習」という視点で紹介します。

〇『火の鳥 ヤマト偏』あらすじ

舞台は4世紀頃の日本。

「古墳時代」の日本が舞台です。

当時は「日本」という呼び方すら存在しない時代で、当時の中国の歴史書『宋書』倭国伝では、「倭」と呼ばれています。

主人公はオグナ・ヤマトという青年です。

彼はヤマトというクニの王子で、父の命令で九州のクマソを征伐するよう命じられます。

この「クマソ」というクニは、弥生時代を舞台とした前作、『火の鳥 黎明編』でも登場しました。

前作では、ヒナク・グズリ夫婦の子である「ヤマト」が、火の鳥の住処である「火山の割れ目」から脱出し、生涯の伴侶を探す旅に出るシーンで幕を下ろすのですが、今回のヤマト偏はその後の時代となる「古墳時代」の「クマソ」を描くのです。

オグナはクマソを征伐する前は、大王(作中では「大君」と表記される)である自分の父が亡くなった後に使われる巨大な古墳をつくることに反対する「墓地反対同盟」のリーダーを務めます。

その理由は、古墳に大王が葬られる際、弔いのために生きている人間が何十人も一緒に埋められる「殉死」(じゅんし)という風習に納得がいかなかったためです。

また、大王が自分の威光を後世に示すために巨大な古墳づくり、そして自分の功績を誇大して記した歴史書を編纂させている様子を見て、オグナは自分の父を軽蔑していたのです。

そんなオグナは、暗殺するために近づいた、クマソの有力者である「タケル」(前作『火の鳥 黎明編』の「タケル」の子孫)と仲良くなります。

そして、クマソのリーダー「タケル」の妹である「カジカ」とも仲を深めていきます。

そんな中、「火の鳥」と「生き血を飲むと不死となる言い伝え」のことを知り、火の鳥に笛を演奏して聞かせることで、火の鳥をてなづけようと試みるのです。

オグナはその後、カジカから求婚され悩みます。

ヤマトの人間として、クマソの長であるタケルの命を葬るという使命もあります。

悩むオグナのもとに火の鳥が現れ、ヤマトのある方角に向け飛び去っていきます。

吹っ切れたオグナはタケル暗殺を決行。

オグナは「あなたを殺さなければ、ぼくはぼく自身を裏切ってクマソの人間になっていた。だからクマソとの縁を切るためにこうやるより仕方なかった…。許してください」とタケルに語り掛けます。

タケルはそれに対し、「わかった…。おぬし国へ帰るがいい…。わしの名をやろう。タケル。この名はクマソで代々自分に誠実だった男か、むすこについた名だ」と答えます。

自分が求婚した相手であるオグナが、自分の兄を暗殺したと知り、カジカは失望します。

カジカが逃走するオグナを追跡します。

オグナは草原に逃げ込みます。

そこに火の鳥が現れ、草原に火をつけます。

火の鳥が言います。

「草を剣でなぎはらって!」

オグナは剣で草をなぎはらいますが、逃走する最中、足を負傷していました。

火の鳥はオグナを連れて住処の火山に飛び立ちます。

火山につくと火の鳥は、笛を吹いて毎晩のように自分を楽しませてくれたお礼として、自分の生き血をしみこませた布をオグナに託すのです。

オグナはヤマトに帰国。

クマソの長を葬った功績から、古墳づくりの指示役に任命されます。

オグナは古墳を意図的に設計と異なる形でつくらせました。

オグナは罪人として捕らえられ、牢獄に入れられます。

牢獄でオグナは言います。

「世界最大の自分のお墓を作ることが王の権威なんですか?」

「歴史をかってに変えて作ることが王の権威なんですか?」

「殉死という名で何十人ものひとをいけにえにする…そんなことが王の権威なんですか?」

また、殉死に変わるものとして、古墳に埋葬者の亡骸とともに埋めるものとして「埴輪」(はにわ)を考案します。

しかし、そのオグナの声は受け入れられなかったのです…。

一方その頃、大王は古墳づくりがうまくいかなかったことのショックで寝込んでしまい、その後、病になってしまいます。

大王の死期が近いことを悟った側近たちは、大急ぎで巨大な石を積み合わせ、古墳を制作します。

古墳の完成を見届けたように、間もなく息を引き取る大王。

大王が亡くなると、古墳に生き埋めにされる殉死者が決められます。

なんと決め方はくじです。

オグナは罪人として、古墳の殉死者に選出されます。

オグナはずっと隠し持っていた火の鳥の生き血を、自分と殉死に選ばれた人たちとシェアし、生き埋めにされてからずっと、地中から歌を歌うことで抗議し続けたのでした。

◎歴史を学ぶ素材としての『火の鳥 ヤマト編』

〇作中の「墓地反対同盟」について

この作品が誕生したのは1968~1969年です。

当時は、日米安全保障条約の延長に反対する「安保闘争」をはじめ、現在の成田国際空港の建設に反対する「三里塚闘争」(さんりづかとうそう)などの大規模な闘争を経験した時期でした。

古墳という巨大な建造物をつくることと、当時のこうした運動を重ね合わせて描いたのは、手塚氏のとても鋭い視点あってこそだなと感じます。

古墳時代を描いた作品としてだけでなく、この作品が執筆された昭和当時の空気感も感じさせるのです。

〇日本神話とのつながり

『古事記』や『日本書紀』にある神話には、「ヤマトタケルノミコト」という英雄が登場します。

もともと「ヤマトオグナ」と名乗っていたが、熊襲の長である「熊襲建」(クマソタケル)を征討した際に、「タケル」の名を捧げられ、「ヤマトタケル」を名乗ったといわれています。

今作に登場する「オグナ」も、もともと「オグナ」という名で、後にクマソの長である「タケル」から名をもらったことが描かれており、神話との共通点がうかがえます。

また、神話での「ヤマトタケル」は、東国征伐の最中に敵に騙されて野原に放火されてしまいますが、持っていた剣で草を薙ぎ払います。後にこの剣は「草薙剣」(くさなぎのつるぎ)と呼ばれるようになります。

今作に登場する「オグナ」も、「タケル」の名をもらい「ヤマトタケル」を名乗るようになってから、火を放たれた草原を剣で切り払う描写があります。

また、今作の火の鳥は神話で登場する「八咫烏」(ヤタガラス)としての側面もうかがえます。

神話における八咫烏は、神武天皇が全国を討伐してまわった際、熊野国(クマノノクニ。現在の和歌山)から大和国(ヤマトノクニ。現在の奈良)に戻る際に道案内をしたとされている。

作中の火の鳥も、オグナがヤマトに戻ることを示したり、クマソからの追手から逃げる手助けをする存在として描かれているのです。

〇作中の「大急ぎで作った巨石を積み重ねた古墳」について

この作品は、次のような冒頭ではじまります。

「奈良県明日香村に石舞台古墳とよばれるできそこないの墓の跡があります。なぜかむき出しになってさらされているのです。

…なぜこんな中途ハンパな墓があるのでしょう?

もしかしたらここに埋葬された王さまにいろいろな家庭の事情があったのかも…

ひとつ…こういう物語はいかがでしょうか?」

つまり、現在の奈良県明日香村にある石舞台古墳という巨石を積み重ねただけのように見える、いわゆる古墳のイメージとはかけ離れた古墳からインスピレーションを得ているということが分かります。

実際の石舞台古墳は現在、飛鳥時代の蘇我馬子(そがのうまこ)の墓なのではないか?という説がありますが、手塚氏の着想をふくらませる想像力、そこから物語をつくりあげていく創造力には感服させられます。

〇生き埋めになった人々と「埴輪」について

今作では、古墳に生き埋めになった人たちがおり、その人たちを生きながらえさせるためにオグナは火の鳥の生き血を使います。

火の鳥の生き血を使った人たちは、地中から歌を歌い続けます。

この描写も、『日本書紀』に元ネタ?となる記述があります。

『日本書記』にあるのは「倭彦命」(やまとひこのみこと)が亡くなったときの話です。

倭彦命が亡くなった際、近習者を生きたまま埋めたところ、数日間、地中から昼夜悲しげな声が聞こえてきました。

当時の天皇だった垂仁天皇(すいにんてんのう)は心を痛めます。

そこで、野見宿禰(のみのすくね)という人物が、人間を生き埋めにする代わりに埋める土人形として、「埴輪」(はにわ)を提案した、というのです。

今回の火の鳥でも、「地中から人々の声が聞こえる」という描写があることや、主人公オグナが生き埋めの代わりに「埴輪」を提案しています。

手塚氏が、古墳時代に生き埋めになってしまったとされる当時の人たちを偲び、せめて火の鳥の生き血を使うことで、あまり苦しまないようにさせてあげたかったのではないかと私は思います。

〇まとめ

以上のように、『火の鳥 ヤマト編』には、実際の古墳時代の人々の生活や物事の捉え方だけでなく、『古事記』や『日本書紀』にある神話について学ぶ、大きなヒントが見られます。

歴史を学ぶ上で大切なことは、イメージをつかむことだと私は思います。

教科書の文章を読んだり、掲載されている写真や地図を見たりするだけでは、なかなかその時代のイメージは湧きづらいかもしれません。

しかし、歴史学習に漫画を取り入れることで、その時代のイメージ、活躍した人物のイメージをつかみやすいと思います。

漫画では、いろいろと脚色をされている部分ももちろんあります。

今回紹介した、神話と漫画での描写のちがいなどもそうです。

しかし、そのような脚色は当たり前のようにあるものと割り切った上で、「この漫画ではこう描かれていたけど、歴史学の研究ではどのような定説があるのか」など、学び手が自分で興味を持って調べていくということも大切だと思います。

近年、教育現場で評価の観点の一つになった、「主体的に学習に取り組む態度」というものがありますが、この「主体的に学習に取り組む態度」の入り口として、漫画が果たす役割は、歴史学習においてとても大きいものがあると思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

今後も教育、学びに関する様々な情報を発信していきます。

よろしくお願いいたします。