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宮﨑駿『君たちはどう生きるか』を観て

私は宮﨑駿氏の映画が大好きです。

今年の7月14日(金)に、最新作の『君たちはどう生きるか』の公開が始まりました。

ネット上では「難しかった…」,「何が言いたいんだ?」などのコメントがある一方,、既に観た方々が様々なアプローチの考察を披露し、大変勉強になっております。

さて、私はと言うと、中学社会科の教員ということもありますので、社会科の内容に関係するような考察をお示しできればと思います。

「それって個人の感想ですよね?」というおおらかなお気持ちでご覧いただければと思います。

〇元になっている吉野源三郎『君たちはどう生きるか』について

まずは、今作に間違いなく影響を与えている作品を紹介します。

1937年(昭和12年)の吉野源三郎さんの小説『君たちはどう生きるか』です。

この小説は、主人公「コペルくん」が自分の身近にある出来事を通して「貧困」、「いじめ」、「友情」などの多様な事柄について、「おじさん」とのやりとりからヒントを得ながら成長していく、という物語です。

だいぶ端折りましたが、文句なしの名作です。

この小説は、間もなく日中戦争が始まろうという昭和時代の子どもたちの生活が描かれている点で、歴史学習にもつながる作品となっています。

数年前に漫画版も大ヒットしました。

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〇宮崎駿『君たちはどう生きるか』あらすじ(ネタばれあります)

それでは今作のあらすじを紹介します。

主人公「牧眞人」(まき まひと)は東京で暮らす少年です。

1944年(昭和19年)のある日の夜、母親が入院している病院が火事になってしまいます。

その後、父が経営する兵器工場とともに、家族は田舎へ疎開します。

疎開先では、父の再婚相手である「夏子」(なつこ)(眞人の母の妹)と使用人たちと共に暮らすことになります。

夏子のお腹には、眞人の父との間の子どもが妊娠している状態でした。

眞人は、母を亡くしたショックで塞ぎこみ、なかなか新しい母としての夏子を受け入れられず、周囲とのコミュニケーションは最低限度しか行いません。

また、疎開先の学校に登校すると、父の影響で裕福な家庭で育っている眞人は妬まれ、初日に同じ学校の生徒とけんかとなります。疎開前後の出来事で自暴自棄になっている眞人の心理状態の現れなのか、眞人はけんかの後に拾った石を用いて、自分で自分の右側頭部を殴り出血してしまいます。

そんなある日、眞人が新しい自分の部屋で本を整理していると、母が眞人に読ませるつもりでいた『君たちはどう生きるか』を発見。涙を流しながら夢中になって読みます。

その本を読み終えると、眞人は何か吹っ切れたかのように、疎開先の屋敷の森で行方不明となった夏子を探すため、かつて眞人の大叔父(たくさんの本を読んだことで発狂し、失踪したとされる)が建てたという廃屋となった洋館に入り込み、「異世界」へ誘われていきます。

そこで、屋敷の使用人の老婆である「キリコ」の若かりしき姿(もしくは「異世界」での姿?)や、自分の母の若かりしき姿(もしくは「異世界」での姿?)のサポートを得ながら、夏子の救出を試みます。

〇夏子を助けるために入った洋館 そこでの世界観(ネタばれあります)

まずこの洋館についてです。

この洋館はかつてその地域に落下した隕石を建物で覆ったもので、眞人の大叔父が隕石と契約し、洋館内ではその中に住む様々な生物によって秩序ある世界観のもと、「異世界」が形成されています。

この「異世界」は様々な時代の眞人の母方の家系の人たち、もっと言うと大叔父の家系の人たちの人生の様々な時間軸とが、「扉」でつながっているのです。(「扉」で様々な時代とつながる描写は『ハウルの動く城』にもありました)

この洋館での「異世界」に眞人が入ってから経験する出来事の描写には、これまでの人類が様々な文明、文化において形成してきた「死生観」の影響が見え隠れします。

〇古代エジプトの死生観に関する描写

まず私が見ていて思ったのが、海?川?のようなところでたくさんの帆船が浮かび、それぞれの船がどこかへ向かっているシーンについて。

これは古代エジプト文明の「死生観」の影響を感じました。

エジプト文明においては、死者の魂は船に乗ってナイル川を進み、地下世界に行くとされています。

そして、生前の行いによって、そこの主である「オシリス」という神から審判がくだされるというのです。

〇仏教における死生観に関する描写

先ほど述べたエジプト文明におけるナイル川のイメージは、仏教において、亡くなった死者の魂が「三途の川」を渡り、生前の行いによって新しい生命に生まれ変わるとする「輪廻転生」(りんねてんせい、りんねてんしょう)などとも重なります。

また、仏教との関連で言えば、物語の後半に「蓮の花」(はすのはな)が登場するシーンもあります。これはあるキャラクターが洋館の世界の主である大叔父に会いに行くシーンで描かれるのですが、「蓮の花」は仏教において「極楽浄土」(ごくらくじょうど)に咲く花を言われています。

『君たちはどう生きるか』というタイトルからは「生きる」というテーマ性を感じさせますが、「生きる」ことは「死ぬ」ことと裏表です。

「生きる」ことをテーマにした今作において、「死ぬ」ことはどういくことなのか描くことは必然性があったのかもしれませんね。

〇「ワラワラ」というキャラクターについて

先ほど紹介したエジプト文明や仏教の死生観に関係するシーン後に、「ワラワラ」というキャラクターが登場します。たくさん出てきます。『もののけ姫』の「こだま」のような感じ。愛らしいです。

このキャラクターは作中での描写によれば、洋館の世界において天に昇っていことで、その後、現実世界で新しい生命になる存在であることが明かされます。

この「ワラワラ」、たくさんの数が一斉に浮かび上がり天上を目指します。

その様子は螺旋(らせん)の形になっており、これはおそらく遺伝子、DNAを表しているのではないかと思われます。

「生きる」の入り口として「生まれる」が必ずあります。

浮かんでは消えていき、その中でいくつか運のよい「ワラワラ」が現実世界で新しい生命になります。「生まれる」ということは既に多くの生存競争を勝ち抜いたことでもあり、「奇跡」のようなものなのです。

〇ここで思い浮かんでしまう、「ガチャ」という言葉

私がこのシーンで思い浮かんだのは、近年良く聞くようになった「ガチャ」という言葉です。

「親ガチャ」、「環境ガチャ」などという言葉が知られます。

「ガチャ」は、お金を入れてレバーをまわすとカプセルトイが出てくる装置から想起され生まれた言葉で、「自分自身ではどうしようもない、選べない、前もって決まっていること。運に左右される事柄」などのような意味で使います。

つまり、「生まれ持ったもので人生が大きく左右されてしまう」ということです。

〇『君たちはどう生きるか』

この物語では終盤、眞人が、「異世界」の主である大叔父から「今後、焼野原となる現実世界に戻る」か「大叔父を継いで理想郷たる異世界を継ぐか」を選ぶよう迫られます。

眞人から見たときの現実世界は、

・母の死を受け入れなければならない。

・新しい母の存在を受け入れなければならない。

・新しい母と父との間に宿った新しい生命を受け入れなければならない。

・現実の世の中は戦争中。いつ自分や周囲の人たちの生命が失われるか分からない。

・疎開先での新しい暮らしには不慣れ。

・けんかなどのトラブルもあった。

・自暴自棄にもなった。

などなど、現実世界を受け入れるためにはたくさんのハードルがありました。

言い方を変えればたくさんの不遇な環境という「ガチャ」があったわけです。

それでも眞人は、現実社会で「生きる」ことを選びます。

どんなに困難なことがあろうとも、「生きる」ことを選んだのです。

母の形見の書である『君たちはどう生きるか』を読んでから、眞人は変わりました。

それまでそっけないかかわり方しかできなかった、新しい母である夏子を助けるため、身体を張って「異世界」に飛び込みました。

そこで、これまでの自分では知りえなかった、様々な世界の形や、物事の考え方に触れて成長していったということでしょう。

昨今の教育現場では「生きる力」という言葉が叫ばれています。

眞人が経験した戦時中以上に、もしかしたらこれからの世界は不確実で不安定になるかもしれません。

それでも、時代や自分の生まれ持ったものを「ガチャ」だと呪うのではなく、「自分たちはどう生きるか」と、考え続けていかなければならないのだと思います。

『君たちはどう生きるか』

たくさんの気付きを得ることができた映画体験でした。

この作品は、まだ上映が始まったばかりです。

みなさんが考えたこと、是非教えていただきたいと思います。

最後までお読みくださり。ありがとうございました!